経営者の方とお話していると、ふと感じることがあるんですよね。
「この人、どこで本音を話しているんだろう」
そんなことを思う瞬間があるのです。
話せる相手が、どんどん減っていく
社員の前では、リーダーでいなきゃいけない。不安な顔を見せれば、チーム全体に影響が出るかもしれないし。
家族には、心配をかけたくない。「会社、大丈夫なの?」と聞かれるのが、一番つらかったりするんですよね。
同業者の前では、弱みを見せたくない。競争相手でもあるし、変な噂が広がるのも困る。
友人には、経営の苦しさがなかなか伝わらない。「社長なんだから、お金あるでしょ」なんて言われると、それ以上話す気がなくなる。
こうして、話せる相手がどんどん減っていくわけです。
誰にも悪気はないんですよ。ただ、構造的に、経営者が本音を話せない状況が生まれてしまう、そんな感じ。
でも、本当の問題はその手前にあるかもしれない
話せる相手がいない。それも確かに苦しい。
でも、もう一つ気づいたことがあるんです。
その手前に、もっと根深いものがあるのかもしれない。
それは、自分で自分に厳しく接していること。
「弱音なんか吐いちゃだめだ」 「経営者なんだから、しっかりしなきゃ」 「こんなことで弱っている場合じゃない」
そうやって、頭の中で自分自身を叱っていませんか。
誰かに話す前に、自分の中で弱音を否定してしまう。弱っている自分を、自分が許さない。
外に話せる場所がない以前に、自分の内側に弱音の居場所がない。
社員には「無理しないで」と言えるのに、自分には「もっと頑張れ」と言い続けている。
一番厳しく接しているのは、社員でも取引先でもなく、自分自身だったりするんですよね。

弱音があっても、いいんですよ
一つ、伝えたいことがあります。
自分の中に、弱音があってもいいんです。
「大丈夫」と自分に言えなくても、いいんです。
大丈夫なときもあれば、大丈夫じゃないときもある。どっちでもいいんですよ。
弱音があることと、弱いことは違います。不安を感じることと、不安に負けることは違います。
自分の中に弱音がある。それを、ただ認める。否定しない。叱らない。
それだけで、少し呼吸が楽になることがあるんですよね。
「大丈夫」と言い続けることの重さ
「大丈夫ですか?」と聞かれて、「大丈夫です」と答える。
これを何年も続けていると、自分でも本当に大丈夫なのかどうか、分からなくなってきます。大丈夫じゃないときも「大丈夫」と言っているうちに、自分の本当の状態が見えなくなる。
私自身、12年前に倒れる直前まで、「大丈夫」と言い続けていました。
頭では分かっているんですよ。無理をしていることは。
でも、立ち止まることが怖かった。弱音を吐いたら、何かが崩れてしまう気がしていた。
そして何より、弱っている自分を、自分が許せなかった。
弱音は、吐くものじゃなくて、置くもの
「弱音を吐く」という言葉がありますよね。
でも私は、「吐く」という表現が少し違う気がしています。
吐くというのは、外に出して、手放すイメージ。でも、経営者が抱えているものは、手放せないことが多い。責任も、決断も、全部背負ったまま進むしかない。
だから、「吐く」のではなく、「置く」という感覚のほうが近いかもしれません。
まずは、自分の中に置いてあげる。「ああ、自分は今、しんどいんだな」と、ただ認めてあげる。
そして、誰かの前で、そっと置いてみる。解決してもらうわけでもなく、アドバイスをもらうわけでもなく。ただ、言葉にして、置いてみる。
それだけで、少し軽くなることがあるんですよね。

答えを出さなくていい時間
私がカウンセラーとして関わるとき、大切にしていることがあります。
それは、「何かをしてあげよう」としないこと。
アドバイスも、解決策も、求められなければ出しません。ただ、話を聞く。相手が言葉にしようとしていることを、一緒に見つめる。
経営者の方は、普段、「答えを出す側」にいます。毎日、決断の連続。だからこそ、「答えを出さなくていい時間」が必要なんじゃないかと思うのです。
弱音を置ける場所、ありますか?
最後に、二つの問いを置いておきます。
「自分の中の弱音を、自分で叱っていませんか?」
「弱音を置ける場所、ありますか?」
それは人でもいいし、場所でもいい。ノートに書くことかもしれないし、散歩の時間かもしれない。
形は何でもいいんです。
ただ、「大丈夫」と言わなくていい時間が、どこかにあるといい。自分を叱らなくていい時間が、どこかにあるといい。
社員には優しくできるのに、自分には厳しいまま。それ、ちょっとだけ、休んでみませんか。
この記事が、何かを感じるきっかけになれば嬉しいです。
